2016板橋シティマラソン(2016年3月20日 フル)

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まもなくスタートの時間です。
こうやって家のパソコンの前でこの時間を迎えることになろうとは想像もしませんでした。

結果から書くと、1月の勝田全国マラソンに続いて今度はインフルエンザでの欠場でした。


勝田の欠場以降、最後のチャンスの板橋目指してスピード重視の練習をしてきました。 わずか2ヶ月程度の時間しかありませんでしたが、少しでもいい状態でなんんとか次に繋がる走りをしたかったのです。
大会1週間ほど前に風邪をひきましたが、これはいい休足時間だと前向きに捉えていました。
しかし、喉をやられてすごい声になり胸の痛みも出てきたので、勝田の教訓もあって月曜の朝一番に医者に行ったところ、インフルの検査をしてくれました。
検査は陰性だったのですが、社内にB型インフルの人がいたことや、いつもの私とは明らかに違う状態(かかりつけ医だった)ということから、インフルの治療をしたほうがいいと言ってくれました。
ちょっと半信半疑の面もあったのですが受け入れ、リレンザ処方と5日間の出勤停止を言い渡されました。

月曜日ですし週末は春分の日絡みで3連休ですから、実質的に9連休と入社以来はじめての長期休暇です。
最初はちょっとズル休み的な気分も少しはあったのですが、結果は医者の診断通りインフルでした。
急ぎの用事だけ済ませて昼前に家に帰ってすぐ寝たのですが、夕方に目が覚めたら熱は37.8度とさほど高くはないながらも平熱の低い私にとってはかなりの辛さ。
会社に電話をして色々指示しようと起き上がったら、いきなり全身から汗が出てなんとも言えない寒気が襲います。

前夜にパソコンのしすぎと思っていた左肩の痛みは、どうもインフルの症状の一つである関節痛だったようです。
すっかり両肩だけでなく腰も含めて、インフル独特の関節痛になっていました。
間違いなくインフルエンザ、熱の出方などから見てたぶんB型でしょう。
やはり医者の診断は正しかったのです。 検査で鼻の粘膜から検出されなかったウイルスは、胸などに移動していたのでしょう。
陰性だから安心ではなく、たまたま陽性になるほどの数がなかったり、鼻の粘膜にはいないだけだったりすることもあるようです。

昨年1月にA型インフルになった時は、明け方に熱と関節痛が出たので朝一番で近所の医者に行ったのですが、明け方に飲んだ風邪薬で熱も関節痛も軽くなっていたこともあり、検査してくれませんでした。
様子を見て悪化したらまたいらっしゃい、ということで平常通り仕事をしたのですが、その日の夜に高熱が出ました。
いきなりの高熱、すでに医者は閉まっていますし、救急病院を探してタクシー呼んで夜間外来に行く体力は残っていません。
熱で歩けないのです。
結局、翌朝まで熱にうなされながら待ち、這うようにして医者に行ったのですがすでにウイルスは相当繁殖していて、ひどく苦しみました。
今回はなんとなくそのことも頭にあったので別の医者にしたのですが、そのおかげでだいぶ軽くすみました。

そうはいってもインフルは甘くない。
結局、金曜の午後になって散歩に行けるようにはなったのですが、咳と痰は残るし治療中の虫歯は痛むし、もう一週間以上経つのに全快まではまだかかりそうです。


昨年のこの大会で3年ぶりにマラソン大会に復帰できました。
両ふくらはぎの故障がなんとか癒えて再発の兆しもなく、3月の板橋復帰戦が3時間52分、4月の長野は相当走りやすい(4月にしては)に助けられ3時間46分と、なかなかいい復帰ぶりでした。
しかし夏の北海道マラソンは8月にしては涼しい気温だったのに3時間46分と冴えなく、11月のさいたま国際は3時間50分と失速、しかも終盤に足がつりそうになるというみっともないおまけ付きでした。

今シーズンの残りは勝田・板橋・長野ですが、実質的には勝負できるのは勝田だけ。
それを風邪で欠場して、気温的に不利な板橋に賭けるつもりでいたのですがインフルエンザ。
医者からの出勤停止は金曜日までですが、昨年の教訓からインフルになったら相当筋肉がやられてレースどころか日課の10kmジョグすらできないほどダメージが残ることを知っています。
勝田と違ってインフルの宣告を受けた時にすでに出場は絶望だと諦めました。

今シーズンはもう諦めるしかないので、4月の長野を再出発の場所として、6月の喜多マラソンで道マラの予行演習、8月の北海道で夏マラソンを満喫して、11月(つくば、太田原、さいたまのいずれか)に出て、1月は勝田、3月は恒例の板橋を回避して少しでも気温的に走りやすそうな古河はなももに出てみようかと思っています。
これで相変わらずタイムが4時間弱程度しか出せないようならそろそろ引き時かな。


結局、今シーズンは期待していたような収穫はなかった。
あえて言えば、再発の兆しはなかったことと、10kmやハーフで多少は復調の兆しが見えなくもない、このあたりが成果なのかもしれません。
正直、無理やり探した感は否めませんが。


練習の疲れが抜けるのが相当遅いし、そもそもレースに出られないほど体調を崩すのが1シーズンに2回もあるのは、やっぱり加齢でしょう。

マラソン歴15年で50代中盤となると、もう伸び代はほとんど残っていません。 そこに加えて3年のブランクです。
すでにピークは過ぎていることを認めざるをえませんが、それでも、もう一勝負します。
遠すぎる夢かもしれませんが、もう一度3時間半を切り、もう一度自己ベストを更新し、そして別大カテゴリー3に挑戦して完走する。

もう少しだけ、夢の続きを見ていたいのです。







処方されたリレンザと吸入器



袋から出すこともなかったナンバーカード。
参加賞のウエストバッグとオプションの帽子は事前郵送だったので、欠場組にはありがたかった。

写真にはありませんが、計測チップは同封の封筒で返却します。
これまで欠場した大会は受付時に渡されるところばかりだったので、チップを郵送するのは初めてです。
ちなみに今年の勝田のチップは返却不要、記念にもらえるタイプでタイムを書く欄もありました。


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